ローマ世界3 内乱の一世紀

  約120年も続いたポエニ戦争の間に、ローマの社会には劇的な変化が起きていました。まずは、長い戦争、特にハンニバルによるイタリア半島への侵略で、農地は荒廃し、兵隊として戦った中小農民の多くは死んでしまいました。
  加えて属州からは、安い農作物が大量に流入してきます。これではいくらがんばっても、価格競争でイタリアの農民は勝てません。
  しかたなく、農地を手放すものがたくさん出てきました。こうして中小農民は没落していき、無産市民となって都市でホームレス暮らしを余儀なくされます。
  また中小農民の没落は、それまでローマの軍隊の中核だった重装歩兵部隊の解体をも意味します。国防を担う兵士がいなくなってしまうのです。
  中小農民が手放した土地は、少数の大金持ちが買い占めて、彼らが広大な土地を占有していきます。加えて急激に増えた属州の土地を占有し、さらに巨大な地主へとなっていきます。
  また属州からは、大量の奴隷が届けられました。ちなみに当時の奴隷とは、敵の兵隊がほとんどです。負けた彼らを捕虜として連行し、奴隷にしたのです。
  こうして大量の奴隷に広大な土地を耕させるラティフンディア(奴隷制大土地経営)が発展します。これによって、金持ちはより金持ちとなり、平民の中からも騎士(エクィテス)と呼ばれる新しい階級が生まれてきました。
  (本来、騎士というのは戦で馬に乗って戦う戦士のことで、共和制初期の頃の最富裕層を指していましたが、重装歩兵の価値が高まるにつれて、戦士としての騎士の役割は相対的に低下しました。時代が下るに従い、騎士たちの活躍の場は、戦場から経済界へと移っていったのです。そして新興の富裕層も「騎士」として登録されるようになりました。というわけで、この頃「騎士」といえば、それは「金持ち」のことを指します。)
  無産市民とはいっても、ローマ市民権を持った立派な市民です。彼らには選挙権がありました。そしてローマではコンスルなどの官職に就くためには、選挙で勝たなければなりませんでした。だから有力者たちは、無産市民を自分の支持者にしようとがんばります。
  お金がなくて食べ物も買えない無産市民たちに、パンなどの食料を配ります。そして、仕事がなくて暇をもてあましている彼らに、サーカスを催してあげます。いわゆる「パンとサーカス」です。
  「俺について来い!そうすれば、何不自由ない暮らしをさせてあげるぜ」なんて感じで、征服地からぶんどってきたものを、自分を支持してくれる無産市民に配るのでした。そして「もっと領土を広げて、もっとお宝をぶんどってこよう。お前たち、俺についてこないか? 一緒に征服活動しようぜ」と、仕事のない無産市民を金で雇い、私的な傭兵にしていきます。
  無産市民たちにとっても、属州が増えれば増えるほど、自分たちも楽して暮らせるわけだから、征服戦争大歓迎です。
  有力者にとっても無産市民にとっても、征服活動はもはや彼らの生活を支えるための、大切な事業になっていたのです。
  こうしてローマでは、かつてなかった新しい形の権力闘争がはじまります。名門出身の貴族たちを中心に元老院をよりどころとして、古い権威にしがみつく閥族派、これに対して、護民官をよりどころに大金持ちの平民がさらに権利拡大をめざす平民派という二つの勢力が、互いの私兵を率いて争うようになるのです。
  ローマは、「内乱の一世紀」と呼ばれる混乱の時代に突入します。

  属州の拡大とイタリア半島の荒廃によって、中小農民は没落し無産市民となっていきました。中小農民の没落は、すなわち重装歩兵部隊の解体につながります。ローマの軍制の屋台骨がぼっきり折れてしまうのです。
  これに危機感をおぼえたのが、ティベリウス=グラックスという人です。彼は前133年、護民官に選出されると、さっそく農地改革に着手します。内容は、500ユゲラ(125ha)以上の公有地を占有するものは、国に土地を返還し、その土地を無産市民に分配するというものです。要するに、リキニウス=セクスティウス法をちゃんと適用しようというものでした。
  しかしこの改革は、当然ながら大土地所有者を中心に猛反発をくらいます。彼は元老院を敵に回してしまったのです。それでもがんばって改革を進めようとしたティベリウス、最後には元老院議員たちに棍棒で殴り殺されてしまいました。
  前123年、弟のガイウス=グラックスが護民官に選出されます。彼は兄の遺志を継ぎ、改革を進めようとしました。でもまたもや反対派に襲われ、部下3000人が殺されてしまいます。ショックを受けたガイウスは、責任を取って自殺してしまいました。
  こうして中小農民を復活させようとするグラックス兄弟の改革は、失敗に終わってしまいました。
  これから約100年間、ローマは大量の血を伴う変化の時代を耐え抜かなければなりません。内乱の一世紀のはじまりです。

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  前107年、平民派のマリウスが執政官に就任します。彼は無産市民を傭兵として雇い、権力闘争の道具に使いました。そう、無産市民の傭兵化は、マリウスが始めたことなのです。これによって、崩壊してしまったローマの軍団を再編成することに成功します。
  また同時に、それまで中小農民の義務だった兵役(一定期間、兵隊として働く税の一種)は廃止されます。農民は、本職である農業に専念できるようになりました。奇しくもグラックス兄弟がやろうとしていたことを、マリウスが成し遂げてしまったのです。
  この効果はまだあります。それまでは農民が兵士になっていたので、あまり長いこと兵士として戦い続けることはできませんでした。畑が荒れてしまうからです。だから兵役からは1年で解放されることになっていました。
  しかしこれからは、もともと仕事のない無産市民が兵隊です。何年でも兵隊として連れまわすことができます。今まで以上に長期間の戦闘任務が可能になったので、ローマはさらに大規模な戦いをすることができるようになりました。
  マリウスの大きな戦果は、前112年からからはじまっていたユグルタ戦争を平定したことでしょう。北アフリカに、ヌミディアというところがあります。ここの王様がユグルタという人でした。彼はローマの高官を買収して勢力拡大を図ったため、戦争となりました。しかしこれをマリウスが平定したのでした。
  また、現在のフランスを根城としていたガリア人の侵攻も阻止しています。

  そんな折の前91年、イタリアの同盟市がローマ市民権を求めて反乱を起こしました。ローマ市民権とは、おもに参政権と、ローマ法による保護を受けられる権利のことです。その代わり、兵役の義務や、いくつかの税が課されました。
  同盟市の人々は、戦争には義務として駆り出されるのに、市民権がないから属州から入ってくる富の分配はありません。参政権もありません。ローマと同盟関係になり、はや200年がたとうとしています。それなのに、いまだにローマ人との差別待遇が続いていることに我慢の限界が来てしまったのでしょう。ついに反乱が起きてしまいました。これを同盟市戦争といいます。
  同盟市の人々はローマの戦法を知り尽くしているので、いたるところで激戦が繰り広げられることになりました。結局、両軍の戦死者の合計が30万人を超えるという、大変な惨事になってしまったのです。
  あまりの犠牲者の多さに、さすがの元老院も譲歩しました。前88年イタリア半島の全自由民に、ローマ市民権が与えられることになったのです。
  こうして同盟市戦争は終結し、イタリア半島は、都市国家ローマの支配地からローマ帝国という領域国家に変身したのです。

  同盟市戦争の最中だった前89年、マリウスの副官で閥族派の代表だったスラが執政官に就任します。その後、マリウスとスラが、互いに権力闘争を繰り広げることになるのです。
  そんなローマの内乱につけこんだのが、黒海に面する強大な国家・ポントス王国のミトリダテス6世でした。
  同盟市戦争の終わった前88年、ローマはポントス王国と戦うことになります。しかし、指揮をマリウスとスラのどっちがとるかでもめてしまい、どちらも私兵を使って殺しあいます。最終的にスラが終身独裁官に就任し、天下はマリウスのものとなりました。
  でもポントス王国との「ミトリダテス戦争」は、まだしばらく一進一退の攻防を繰り広げます。
  ちなみにマリウスは前86年に、70歳で死去しました。いわゆる老衰ということでしょう。
  スラは終身独裁官になると、護民官の権限を制限し、元老院の特権を、グラックス兄弟の改革以前の強大なものに戻します。さすが閥族派って感じです。
  この改革が完成した後、スラはあっさりと引退してしまいました。そしてローマを去り、25歳の新妻を連れて田舎でひっそり暮らします。そしてその2年後、死んでしまいました。享年60歳。
  ローマを去るとき、一人の男がまとわりついて彼に罵声を浴びせました。しかしスラはそれを完全に無視し、ただ友人に「何と愚かな。こんなことをすれば、自発的に権力を放棄する独裁者は、この世に一人もいなくなるぞ」といったそうです。

  内乱はまだまだ続きます。

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この記事へのコメント

3-5 柴田
2012年10月07日 13:27
先生の授業はとてもタメになります!
話し方もとてもおもしろく、つい入り込んでしまいます。
これからももっと授業を盛り上げてください!
先生の授業を愛しています(笑)
さー!ビシッといきましょう!
3-5 柴田 さん
2012年10月07日 20:48
見つけてくれたか。ありがとう。
こちらこそ、いつも発言してくれて助かってます。
あと3カ月だけど、最後まで気合い入れて楽しみましょう。
3-5 板倉
2012年10月08日 20:52
こんばんわ、柴田の隣で柴田より発言している板倉です!(笑)
先に柴田に越されました、
しかし、ようやく見つける事ができました!
柴田はたまに本当に先生を愛している時があるので気をつけてください(笑)

世界史は自習の次に楽しみな授業なので、毎日気合い入れて受けています!

これからも先生の楽しい授業期待しています。

ビシッといきましょう‼
3-5 板倉 さん
2012年10月09日 19:45
コメント遅れてしまい申し訳ない。
生徒に愛されるなら本望さ。これ以上うれしいことなんかない。

そして、いつか自習よりも世界史を好きになってくれると信じてます。
漆黒の翼
2012年12月05日 00:08
いつもこのブログを見せていただいてます!

すごい分りやすくて活用してます!!


最近更新がなくてちょっと寂しいです・・・
漆黒の翼 さん
2012年12月05日 05:31
ありがとうございます。
本業の教員稼業が忙しくこっちまで手が回りません。(言い訳)
期末テストが終わったら、また少し更新できると思います。
頑張ります!

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