ローマ世界6 帝国の滅亡

  さて、首都ローマでは相変わらず贅沢三昧な暮らしが続けられています。一方、帝国の国境周辺で命をかけて戦っている人々は、はるか遠くのローマでふんぞり返っている皇帝なんか当てにならず、自分たちと寝食をともにし、一緒に戦ってくれる、現場の大将のほうを当てにするようになります。   193年、兵士たちの推薦で、アフリカ出身のセプティミウス=…
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ローマ世界5 ローマ帝国

  天下を取ったオクタウィアヌスは前29年、元老院のプリンケプス(元首、名簿上、最初に書かれる人)になります。「私は、確かに様々な権力を手にしましたが、今でもローマ市民の一人にすぎません。これから先も、ローマは共和政の国なんです」とアピールしたのです。   養父のカエサルは元老院をないがしろにしたから、結局暗殺されてしまいました。父の…
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ローマ世界4 三頭政治

  マリウスもスラも死に、時代は次の世代に移ります。   前73年、剣闘士奴隷・スパルタクスの反乱が起きました。剣闘士奴隷とは、円形闘技場などで、見世物として殺しあうために訓練された特別な奴隷たちのことです。   最初、7,80名の脱走した剣奴からはじまったのですが、捕らえに来たローマ兵に圧勝してしまいます。そりゃあ、毎日死ぬほど過…
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ローマ世界3 内乱の一世紀

  約120年も続いたポエニ戦争の間に、ローマの社会には劇的な変化が起きていました。まずは、長い戦争、特にハンニバルによるイタリア半島への侵略で、農地は荒廃し、兵隊として戦った中小農民の多くは死んでしまいました。   加えて属州からは、安い農作物が大量に流入してきます。これではいくらがんばっても、価格競争でイタリアの農民は勝てません。…
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ローマ世界2 ポエニ戦争

  イタリア半島の支配を完了した後、ローマは地中海への進出を企てます。しかしそこにはすでにフェニキア人が進出しており、植民市カルタゴを中心に、西地中海を支配していました。カルタゴを倒さなければ、ローマは地中海に進出できません。そしてはじまるのが、前後3回にわたるポエニ戦争です。   「ポエニ」とは「フェニキア(Phoenician)」…
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ローマ世界1 ローマ共和政

  伝説によると、かのトロイヤ戦争を落ち延びたアエネアスという人物がイタリアにたどり着き、土地のラテン人と戦いながらも、最終的には彼らを支配していきました。   その200年後、アエネアスの遠い子孫にあたるヌミトル王は、弟・アムリウスの策略で娘を巫女にされてしまいました。レアという名前のその娘が森の川辺で寝ていると、そこに軍神マルスが…
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「ギリシア世界7 ヘレニズム時代 その2」について

「ギリシア世界7 ヘレニズム時代 その2」について 新年早々、ブログ更新しました。正月ということで、ちょっと気合い入れてみました。 前回の更新が8月か。 ちょっと時間がたちすぎましたが、これからも、あまり焦らずに続けていけたらと思っています。 でもこのペースだと、現代にたどり着くまでに、著者の寿命が尽きてしまいそうなので、もう少し…
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ギリシア世界7 ヘレニズム時代 その2

  ベッソス処刑の後も、進軍はとまりませんでした。   しかし、部下たちはもう満足です。有り余るほどの金銀財宝を奪い、広大な領土を手に入れました。あとは故郷のマケドニアやギリシアに帰り、残してきた家族に豊かな生活をさせてあげたいのです。   でもひとり、アレクサンドロス大王だけは満足していません。さらに征服戦争を続行し、もっと広大な…
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「ギリシア世界6 ヘレニズム時代 その1」について

「ギリシア世界6 ヘレニズム時代 その1」について 前回のアップから、2カ月以上空いてしまいました。 すべては著者の怠慢です。 もっと頻繁にアップできるよう、努力したい! ヘレニズムの思想家 (講談社学術文庫)講談社岩崎 允胤ユーザレビュー:Amazonアソシエイト by 後期ギリシア科学—アリストテレス以後 (叢書・ウニベル…
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ギリシア世界6 ヘレニズム時代 その1

  マケドニア王・フィリッポス2世には、アレクサンドロスという息子がいました。彼は片目が緑、片目が茶色という珍しい目をしていました。そんなこともあって、お母ちゃん(フィリッポスの奥さん)のオリュンピアスが息子に向ける愛情は、ちょっと度を越したものがあったようです。   以前から「アレクサンドロスの父親はフィリッポスじゃない。神々の王ゼ…
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ギリシア世界5 ポリスの没落

  ペルシア戦争を通じて大活躍だったアテネは、リーダー的存在として大きく頭角をあらわしてきます。そして多くのポリスを束ね、アテネを中心としたデロス同盟を結成します。デロス島に対ペルシア戦争用の軍資金を納める金庫があったのでデロス同盟と名づけられました。   そしてこの金庫の番もアテネが担当することになりました。   アテネの民主政を…
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ギリシア世界4 ペルシア戦争

  小アジアの海岸線には、ギリシア人たちが営むイオニア植民市群がありました。   前にも説明したけど、例えば日本にも、関西弁や東北弁など、地方によって特徴的な方言があるよね。それと同じでギリシア人の中にも、いくつかの方言で区分される集団がありました。ようするに、イオニア方言を話す人々のことを「イオニア人」と呼ぶんです。   アテネも…
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ギリシア世界3 民主政への歩み

  スパルタが一生懸命筋肉を鍛えていた頃、もうひとつの有力なポリスのアテネでは、貴族と平民の階級闘争が激化していました。   思い出してください、ギリシアでは、戦うための武具は、自前で調達しなければなりませんでしたよね。武器やよろいはとても高価なものだから、お金持ちの貴族しか買えませんでした。命を懸けてポリスを守るものだけが政治参加で…
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ギリシア世界2 ポリスの成立と発展

  長い暗黒時代、ギリシア人の間に、大きく3つの方言集団が形成されました。   前回出てきた、ミケーネ文明をつくったアカイア人は、前1200年頃、鉄器を携えてやってきたドーリア人に押し出されるように、エーゲ海へと広がっていきます。   そうして、アカイア人の一部が小アジア沿岸に散らばっていくのですが、小アジアの北西部に移…
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ギリシア世界1 エーゲ文明

  今日から新しい地域のお話です。地中海の東側、アナトリア半島(小アジア)とバルカン半島に囲まれた海。小さな島々がたくさん浮かぶ、ヨーロッパの人々にとっては、一級のリゾート地。舞台はエーゲ海に移ります。 (以下、写真は全部Wikipediaより  ちなみに地図は全部自作です)   前2000年ごろ、ちょうどエーゲ…
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古代オリエント世界6 古代オリエントの統一 その2

  前550年、メディアの支配下にあったイラン人のアケメネス家は、キュロス2世に率いられて反乱を起こし、メディアを滅ぼしました。アケメネス朝ペルシアの誕生です。   キュロス2世には、変な誕生伝説が残っています。   メディアの王・アステュアゲスは、ある日夢を見ました。娘のマンダネが放尿すると、全アジアが洪水に見舞われるという悪夢で…
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チハルさん

「序章 先史の時代 その1」について 初コメントありがとうございます。 授業風景を思い出しながら、どんなことしゃべったか思い出してます。 脱線ばっかだったなあ。 どんどん更新していきます。 乞うご期待。
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古代オリエント世界5 古代オリエントの統一 その1

  今まで別々の道を歩んでいた二つの文明地域、メソポタミアとエジプトが、ひとつの国にまとまります。世界初の帝国の出現です。実現したのは、アッシリアという国です。この国、結構歴史は古く、前2000年ごろ、都・アッシュールを中心に独立、以後約1400年間、発展・衰退を繰り返しながら、激動のメソポタミアを生き抜きました。   前…
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古代オリエント世界4 レヴァント地方(地中海東岸)の諸民族

  前1200年ごろ、理由はよくわからないけど、地中海方面から、よくわからない集団が襲ってきました。恐らく、地中海で縄張りを張っていた、いくつかの海賊団をひとつにまとめた英雄が出現したのかもしれません。とにかく、この「海の民」と呼ばれる集団が、シリア・パレスティナ地方を突然襲撃したのです。この、地中海東岸の地域を「レヴァント地方」とも呼…
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古代オリエント世界3 メソポタミアとエジプトを比べて

  乾燥地帯の真ん中を、大きな川が流れてて、その水分を求めるように、人々は川の周辺に集まって住むようになりました。   これは、メソポタミアもエジプトも同じだと思います。ただ、河の性質がかなり違っていました。   チグリス・ユーフラテスの両河は、春になると洪水をもたらします。そしてこの洪水は、突発的にドバッと襲いかかってくるので…
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