ギリシア世界2 ポリスの成立と発展

  長い暗黒時代、ギリシア人の間に、大きく3つの方言集団が形成されました。
  前回出てきた、ミケーネ文明をつくったアカイア人は、前1200年頃、鉄器を携えてやってきたドーリア人に押し出されるように、エーゲ海へと広がっていきます。

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  そうして、アカイア人の一部が小アジア沿岸に散らばっていくのですが、小アジアの北西部に移っていった集団と、その仲間でギリシア本土に残った連中がアイオリス人
  一方、小アジアの南西部に移っていった集団と、その仲間でギリシア本土に残った連中をイオニア人と分けます。
  アカイア人はそれ以外にも多くの方言集団を形成しましたが、細かすぎるので省きます、てゆーか、俺も知りません。
  加えて、あとからやってきたドーリア人。彼らはペロポネソス半島南部からクレタ島、そして小アジア南部へと広がっていきました。
  地図を見ながら、彼らの分布を確認しておいてください。
  ぶっちゃけ、ここまで細かく教えることもないと思うんだけど、教科書に書かれてるんだよね。なんでなんだろう、ほんと不思議だ。
  確かに、古代ギリシアはある程度細かく紹介する意味も価値もあるんだけど、それとこれとは本質の部分で違う気がするのは俺だけかな。
  古代ギリシアを詳しくやることの意味は、後に分かることになるでしょう。

  話を戻します。
  長い暗黒時代を抜けた前8世紀、ギリシアには1000を超すポリス(都市国家)が成立していました。
  警察のことをポリスって呼ぶけど、実は関係オオアリです。
  長い戦乱の中で、ギリシア人たちは自分たちの身を守るため、有力な貴族を中心に、軍事拠点として有効な丘に集まって住むようになりました。この丘のことをアクロポリス(城山)といいます。居住空間であり、軍事拠点でもあるわけですから、丘の周りには、強固な壁がめぐらされました。
  そして、メソポタミアで紹介したような、生産に携わらない人だけが集まったのではなく、農民も壁の中に集まって住んだのです。本気でみんな集まって住んだので、わざわざ集住(シノイキスモス)なんて呼んでいます。
  そう、ポリスとは、ギリシア人たちを危険から守ってくれるものだったのです。市民を危険から守るもの。だから警察は「ポリス」なのです。
  でも、実際の戦いで命を張っているのは、自腹で武具を買える金持ちの貴族でした。このポリスを守るために戦うことが、実はとても大きな意味を持っているのですが、それは後で詳しく紹介します。

  さて、一般的なポリスの特徴ですが、
① 外観は先の通り、中心近くにアクロポリス(城丘)があり、その周りに居住地が立ち並びます。
  丘のふもとにはアゴラ(広場)があります。市民たちの憩いの場であり、議論の場でもありました。
  居住地やアゴラを、強固な城壁が囲んでいます。
  そしてその周りに、田園地帯が広がります。
  これで1つのポリスが出来上がりです。

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② エーゲ文明のときのような強い王様がいなくなり、市民共同体という、当時としてはとてもレアな制度が採用されました。みんなで守るポリスなんだから、政治もみんなでやろうよ、というわけです。
  とはいえ、政治に参加できる人は、命をかけてポリスを守っている貴族たちに限られました。
  でもポリスの中には、大きな権力を持たない王様がいるポリスもありました。

③ ポリスは分厚い城壁で囲まれている上に、ギリシアの土地は狭くてやせていたので、人が増えると、大勢でまとまって、遠くへ引っ越していきました。地中海や黒海の沿岸に散らばり、住みやすそうな場所を見つけると、そこに新たなポリスをつくります。これを植民市といいます。代表的なものは、ミレトス、シラクサ、ネアポリス、マッサリア、ビザンティオン・・・全部地図見て場所を記憶しておきましょう。

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④ ギリシアの人々は、お互い戦争ばっかりやってたんですが、なぜか自分たちは同じ民族だという仲間意識が高かったようです。自分たちをヘレネス(かのトロイア戦争の原因となった、スパルタ王・メネラオスの妻・ヘレンの子孫という意味)と呼び、異民族をバルバロイ(聞き苦しい言葉を話すもの)と呼んで区別していました。

⑤ ポリスの枠を超えた、ギリシア人共通のお祭りもありました。有名なのは、4年に1度5日間開催されるオリンピアの祭典です。まさに現在のオリンピックの元祖です。
  これが開催されるときは、ポリス同士で戦争やってる最中でも、いったん休戦してお祭りを優先していたことです。それくらい重要だったんでしょう。
  競技種目は、円盤投げや幅跳びといった、現在でも見られるものもありましたが、ギリシア人がもっとも好んだのは、パンクラスという総合格闘技でした。ルール無用の殴り合いです。参加者は全員素っ裸で、体にオイルを塗って参加します。
  競技に優勝したものには、月桂樹でつくった冠と名声が与えられます。お金とかいった俗物的なご褒美はありませんでした。それでもみんな名誉をかけて、命がけで競技に参加したのです。
  でも、後にローマに支配されるようになり、キリスト教が国教化されると、邪教の祭典だといわれ、禁止されてしまいました。393年のことです。
  これが復活したのは1896年、フランスの教育学者・ピエール=ド=クーベルタン男爵の提案によるものでした。

⑥ デルフォイというポリスにあるアポロン神殿の神託は、どこのポリスも悩みがあると占ってもらいに来ました。
  神殿は崖っぷちに建っているのですが、その崖からは毒ガスが噴出してくるので、いつも神殿にいる巫女さんは、頭がぼーっとしています。一種のトランス状態になっているのです。
  そんな女の子に難しい質問をすると、答えは当然支離滅裂なものになります。
  その答えを神の啓示として受け取り、神官たちが人間の言葉というか、分かりやすいように解釈して、未来を知りたい人に告げるのです。
  ギリシアの人々は、事あるごとにデルフォイに行ってお告げを聞いていたので、ここの神官たちは、ギリシア中の秘密を知ってしまうことになります。だから、ものすごく影響力を持つ存在になっていきました。
  そしてある時は、多額のワイロを神官に送り、敵をかく乱するための情報戦まで行われたといいます。

⑦ ポリスの構成員は、大きく分けて市民と奴隷に分けられます。そして市民は、貴族と平民に分けられます。
  貴族とは、暗黒時代から続く由緒正しい家柄の人々で、お金持ちです。自腹で武具を買い、命をかけてポリスを守っています。ポリスの政治を独占している集団でもあります。
  これに対して平民とは、要するに一般人のことです。貴族と違って、そんな昔までご先祖様のことは覚えてないし、武具を買えるほど裕福でもありません。ほとんどの平民は農民です。
  とはいえ、別に貴族に支配されているわけではなく、ちゃんと財産や土地の所有も認められ、しっかりと独立した自由人でした。
  土地といえば、彼らの所有していた畑のことを、クレーロス(持ち分地)と呼んでいます。
  それから市民について知っておかなければならないのは、たとえ貴族や平民の家族であれ、市民と呼ばれるのは、18歳以上の成年男子だけだということです。
  だから女性はまったく蚊帳の外で、多くのポリスでは、女性は一生のほとんどを家の中ですごしたそうです。そして15歳くらいになると、30歳くらいの男性のところへ嫁に出されます。今の日本の常識で考えれば、ずいぶんとひどい制度だったんだな、なんて考えてしまいそうですが、当時のギリシアではこれが当たり前であり、女はそういう一生を送るものだと、普通に考えていたわけです。
  だから、現在の自分たちの常識で、過去の制度や風習を批判してはいけません。歴史を学ぶ上で、これは最も重要なことだと思っています。
  とはいえ、過去を知り、そのときの良かったところは現在の僕らの生活に応用し、良くないところは排除、もしくは改良していくことで、今よりよい世の中が築けるはずです。
  歴史を学ぶということは、そんな意味があるんだと考えています。そこから何を得るのかは、皆さん次第なんだけどね。
  話を戻しますが、これら市民に対して、まったく自由なんかないのが奴隷。商品として売り買いされる人間のことです。
  戦争で捕まえた敵の兵隊や、奴隷商人が外国で捕まえたか買ってきた異民族、借金で首が回らなくなり、体で返すしかなくなった元市民などが奴隷になります。
  後に登場するアリストテレスという有名な哲学者は、「奴隷はモノ言う動物」なんて表現しています。
  奴隷に関連して、例えば、有力なポリスの一つであるアテネ(イオニア人のポリス。面積約2650平方km。佐賀県程度の広さ)では、奴隷制度がとても発展しました。およそほとんどの仕事を奴隷たちにやらせ、市民たちは、戦争中でなければ、もっぱらアゴラ(広場)に集まって、何かを議論していました。
  毎日毎日、暇つぶしに議論しているうちに、非常に高度な哲学が生まれます。これらの哲学は、現在にも通ずる大変優れたものばかりです。奴隷制度が哲学を発展させた、なんて言っても過言ではありません。
  また、これまた有力なポリスのひとつ、スパルタ(ドーリア人のポリス。面積約8400㎢。広島県程度の広さ)では、自由人で数千人しかいないスパルタ人が、2万人程いた参政権を持たないペリオイコイ(周辺の民)と、5万人もいる奴隷農民のヘイロータイを支配していました。
  こんなに多くの被支配者がいたので、スパルタ人は死に物狂いで体を鍛えなければなりませんでした。リュクルゴスの制といいます。いわゆるスパルタ教育だね。
  スパルタでは、男子は生まれてすぐに長老会のもとに引き出され、弱そうなら、山奥の洞窟に捨てられてしまいます。運よくこれをパスしても、7歳になると宿舎に入れられ、30歳まで毎日軍事訓練です。しかも通年素っ裸。
  基本的に宿舎からは出られないのですが、20歳になると、結婚する権利が与えられます。彼らは夜中、こっそり宿舎を抜け出し、妻のところへ行って、愛を育むのでした。
  リュクルゴスの制では、他にも厳しいルールを課しています。金・銀貨の廃止がその一つです。お金なんかにかまけている暇があるなら、ちょっとでも体を鍛えろ、ということです。
  金・銀貨の廃止には、スパルタ人の間に貧富の差ができて、連帯感が崩れるのを防止する意味もあります。
  そして、外から魅力的なものが入ってきて惑わされないように、鎖国政策も行っていました。
  これに加えて、恋愛も男同士が奨励されました。愛するもの同士が同じ隊にいれば、戦いのときにお互いを必死で守りあうでしょう。これも、戦闘に特化するための、ひとつの手段だったのです。
  ちなみに、有名な愛の天使キューピッド、ギリシアではエロスという名の神様ですが、これは、本来は男同士をくっつける恋愛の神だったのです。
  ちなみに男女の仲は、ヴィーナス(アフロディーテ)という女神が担当しました。
  これだけがんばったスパルタ、気づいたらギリシア最強のポリスに成長していました。そして周辺のポリスを束ね、ペロポネソス同盟を結成します。

以上、ポリスの成立と発展でした。

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